レディネス・レディ

 

夜に蝉は鳴かない。

 

その材質のせいなのか、ジャケットが軋む様に擦れて音を立てている。

 

深く被ったフードから見える視界は狭く、

 

自分のでは無い、誰かの影がいくつか私を追い越すのが分かる。

 

耳に乗せたヘッドフォンから鳴るがなり声が

私と彼等との、境界を敷いている。

 

落ち葉が掠れ、それは次第に都会の喧騒へ溶けてゆく。

 

私は葉に隠れた幼い虫が山高帽の男に踏み潰されるのを、見なかったことにした。

 

歩く速度は速まる。

 

決して期待ではない、一メートル七十センチの決して大柄ではない私の身体に巣食う

 

何れかの膿というか、蝕むものを排泄したい。

 

冷たいビルは通気口から呼吸をしている。

 

私がフードで覆うように、雑踏は私をすり抜けてゆく。

 

互いが互いを無視しているのだ。

 

ここに来たのは他でもない、この屈辱の病原を絶たなければならないという私のエゴイズムに過ぎない。

 

ジャケットを脱いで深いフードを下ろし、癖のついたスパイキーヘアを整える。

 

ブラジャーのホックに手をかけた時、男はいくらかぎょっとしたような顔付きだった。

 

仕方が無い、これがけじめというやつなのだ。

 

私は身体を横たえ、大きく息を吸う。

 

繰り返される痛みに耐え、私のけじめはこの夜、完成を迎えた。

 

明後日、裸の私は鏡台に立つ。

 

私の背中には

仄暗く、惨憺な人生を嘲笑うような

 

鮮やかな桜吹雪が舞っていた。