死ぬまでモラトリアム
時間がない、
着る服がない、
アイディアがない、
シャープペンの芯がない、
余白を埋める言葉がない、
余裕が、ない。
無題の焦燥が針の筵となって背後から迫り来るのを、俺は向き直って、
次第に距離を縮める切っ先をぼんやりと眺めている。
その筵は高く、雲を突き抜けて頂は霞んでいて見えず、寧ろ山である。
筵はやがて静止し、高慢ちきな警察官みたいに俺の眼前に立ちはだかる。
筵の根元、山のような壁はヌメっていて、何故か有機的だった。目を凝らすと僅かに、脈があるらしかった。
そんな気味の悪い筵を眺めどうしたものかと呆けていると筵の遥か先、雲をかき分けるように一人、降りてきた。
「なんだ、思ったよりシャキッとしているじゃないか。」
誰だお前。
込み上げてきた非難と侮蔑を一旦飲み込み、とりあえず一瞥をくれてやった。
知らぬ存ぜぬは通用しないらしいことは、奴の様子を見れば明らかだった。
「ここの頂上は何もかも中途半端でさあ、なんか余裕が無いんだよな。お前とは正反対さ。」
なるほどよく俺を理解しているみたいだな。
ネッシーとクジラのペニスはよく似ているらしい、
と下品に顔を紅潮させ息を荒らげた生物教師の顔が脳裏に浮かんだ。
こいつは、変態教師によく似ている。
ひと月も経たないうちに、その教師は逮捕された。
針の筵は、あれから何処にも見当たらない。