2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧

リィンカーネーション

草花は衣を脱ぎ換え、野山は移ろう。 どれだけの四季が繰り返し、夏は過ぎ、稲が首を擡げようとも 私は病衣のまま床に臥している。 寝台の横にある、キャビネットに置かれた花瓶は空のままだ。 患った母は先立ち、ささやかな友人もいつしか私と顔を合わせる…

君が大人になっても

庭でコロコロと虫が鳴いている。 その鳴き声がどの虫のものかは、僕には皆目見当がつかない。 これはコオロギで、あれはキリギリス。 一体どこで仕入れたのだろう無駄な知識を誇らしげに教えてくれる、君が大好きだった。 君の幼さが、僕の幼さを教えてくれ…

歯車

四方は灰色の壁で囲まれている。 天井の染みは何かの暗喩では無いのかと勘繰るが、その故は誰も知らない。 柱から垂れ下がる緞帳の奥で、何かが蠢いている。 みすぼらしい老夫婦は幾重に重なった仮面の奥で薄ら笑いを浮かべている。 その理由は誰も知らない…

期待外れ

「あ。」 プラットフォームに蝉の死骸が落ちてきた。 夏の、よくある光景だ。 僕は顔を顰めたが、彼女は興味津々に死骸を覗きこんだ。 『蝉ってさ、一週間の命なんだってね』 「あーー、、、」 『一週間腹いっぱい鳴いて、それで死んじゃうんだよね。蝉は幸せだ…

ばったもん

七月の暮れ。 くたくたの革鞄を脇に挟み車窓を覗く。 高架下を流れるあの川も随分、小さくなった。 仕事を辞めた。 押しとどめていた虚脱感がどっと溢れかえり、芯に溜まった溜飲が下がる。 その足で、帰省した。 故郷であるその小さな街は、より小さな町に…

亀と乙姫

黒塗りのセダンが夜の街を転がる。 「次は何処?」 燻る煙を口に含みながら、彼女は聞く。 『××の前にある、〇〇ホテル△△△号室です。』 無機質な彼の返答に辟易したのか、彼女は黙って車窓に息を吐きかけた。 「アンタってさあ、」 『…?』 彼を睨む、彼女の口が…