今際の懺悔

日本の某所にある拘置所

近々、私が此処へ配属されて十年になる。

 

此処は特別な場所だ。

この国で最も重い罪が"執行"される場所なのである。

 

この仕事に就き、私は数多の罪人の終わりを見送ってきた。

 

放火を行った者。

人を欺き、大金をせしめた者。

怨恨を晴らす為、人を殺めた者。

幼き少女を、惨たらしく陵辱した者。

 

私は、正義ではない。

正確には、ある種の正義感から、私は此処にいた。

 

しかし、司法の下で彼らに終焉を下すその様は

決して誰もが思い浮かべる様な夢物語では無い。

 

 

私達は、地獄に堕ちて然るべきなのだ。

 

 

此処へ来て十年と半年が過ぎたある日、私は遂に、執行を任された。

 

囚人番号五〇一番。

 

私はこの囚人を長らく担当してきた。

五〇一番は模範のような囚人であり、非常に繊細で優しい人物だった。

 

気さくな彼は大罪人であることに変わりはないが、看守の私を邪険にすること無く、よく話をした。

 

私は彼に対し、情に近いものを抱いてしまっていたのだ。

 

 

執行前夜、私は五〇一番に話しかけた。

 

「一つ聞いてもいいか?」

 

『どうしたんですか、らしくないですね。看守さん。』

 

「君は何故、罪を犯したんだ。」

 

『……』

 

沈黙が独房に充満する。

軈て五〇一番は口を開いた。

 

『看守さん。もし貴方が憎しみを抱いた時、その憎しみが、どうなろうと清算出来ないものだとしたらどうしますか?』

 

「……私は………。」

 

『分かっていたんです。それでも、私はもう抑えられなかった。ここで過ごす時間は、私がソレを理解するのには、十分過ぎるほど残されていました。』

 

「……そうか。

消灯の時間だ。」

 

『はい、おやすみなさい。』

 

私は、これ以上、この感情が湧出し続ける事に耐えられなかった。

 

私は決して、褒められたような人間ではない。

 

然しそれでも、私の執行するその所業が、彼のような哀れで、滑稽な、どうしようもない魂を唯一救う行為であるのだとしたら。

 

 

私は、進んで「殺戮者」と呼ばれよう。

 

 

 

翌朝。

私は独房の前に立ち、いつになく機械的な口調で呼び掛けた。

 

「囚人番号五〇一番、出房だ────。」

 

五〇一番はその刹那、動揺を浮かべたが

それを反射的に隠す様に、彼の容貌は安堵に満ちていた。

 

教誨室に通された囚人が、最後の言葉を遺す。

 

『看守さん。本当に、お世話になりました。』

 

教誨師への懺悔を済ませ、用を足し、囚人は扉の奥へ連れて行かれた。

 

私は、この責任を果たさねばならない。

 

この胸に秘めたる、有る日の夜の真実を零さない為に。

 

執行室での支度が整い、合図が送られる。

 

私達の前には、三つのボタンがある。

此処で私は、一つの傷付いた命を、在るべき場所へ送るのだ。

 

エレベーターを上下に動かす事と何ら遜色ないといった様子で、ボタンは絞首台の作動を待ち構えている。

 

私は、あの時何と言おうとしたのだろう。

答えてしまっては、もう私は此処に居られない、そんな虫の知らせが走ったのだ。

 

 

空気が十分に澱みきった頃、合図が下された。

数秒、或いは数十秒で、一つの命が終わるのだ。

 

 

『────嫌だ、嫌だ。死にたくない。』

 

 

私は、何も考えられなくなった。

この三つのどれかに、死の道への門が開くボタンがある。

 

ボタンがランダムである事が、私達の意識を麻痺させ、より一層私を苦しめるのだ。

 

 

何も見えない、何も聞こえない────。

 

 

気が付くと、執行の合図は過ぎていた。

 

ぐしゃぐしゃに泣き腫らした私は、看守達に咎められても尚、ボタンを押す事が出来なかった。

 

 

踏板は、開かなかった。