baby blue

 

繁華街を貫く通りをふらふらと歩いて、僕達は限界を迎えていた。

 

皆は先に向かいながら、僕はギブアップ寸前だった。

 

連れが水を差し出して、僕は一心不乱に食らいつく。

 

彼らに別れを告げて、暗い遊歩道をとぼとぼと歩く。

 

騒々しい喧騒が向こうに聞こえて、サイレンを鳴らした救急車がすぐ横を通り過ぎる。

 

僕は途中で辞めた、道の先を

彼らは進む。

 

炭酸がすっかり抜けたハイボールを片手に、乾き物でもの寂しい口を満たす。

 

彼らを見送る僕は、ここで負けたのだろうか。

 

手探りでドアを探す僕を、彼らが生暖かく見守ってくれていると思うと、僕はやるせなく、憤った。

 

こんなもんじゃないんだ、と

胸を張るには

 

少しばかり遅かったみたいだ。

 

無題②

 

嘘をつきました。

 

赤点のテストを、こっそりゴミ箱に捨てました。

 

コンビニで、ウエハースチョコを万引きしました。

 

ずる休みをして、ゲームセンターに行きました。

 

「期待してる」

そう話してくれた先生の、陰口を言いふらしました。

 

彼女の頭を撫でました。

「これが初めてだから」と、優しく言いました。

 

傷付けました。

 

虚勢を張って、すっかり増長していました。

 

告白されただとか、

今日はクラブで何人抱いただとか、

後輩に言い寄られて困るだとか、

 

皆が僕を信じていました。

 

誰も僕を疑わないことが、面白くて滑稽で

 

苦痛でした。

 

ついた嘘を誤魔化す為に、嘘をつきました。

 

誰にいつ何を言ったか、そんな事ばかり考えて

 

嘘を嘘ではなくする為に、これまでの発言の整合性だけを考え続けて生きてきました。

 

人一倍、物覚えが良くなりました。

 

何故嘘をつくのでしょうか。

 

もう忘れてしまいました。

 

その理由さえも、何だか嘘っぽく聞こえるような気がして、

 

忘れることにしたのでした。

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

本当は

 

人が嫌いで仕方ありませんでした。

 

自分が嫌いでたまりませんでした。

 

女の子はおろか、人に触れる事すらも怖くて

 

怖くて、怖くて死にそうでした。

 

誰とも関わりたくない、誰からも見放されたいのに

 

くずかごの中身をぶちまけたような僕に手を伸ばす、みんなの優しさが許せませんでした。

 

死ねませんでした。

 

 

そんな生き方はとっても疲れてしまうので、

 

 

僕は蓋をして、眠ることにしました。

 

 

 

voice

 

僕がまだ十四の頃、

 

嫌々作らされた工作のラジオ。

 

あの頃は何も分からなかったけど、今の僕は分かり過ぎているよ。

 

何も見えなくても、何もかも見え透いてしまうのに、未だに理解出来ていない。

 

グルーガンの先端と、はんだで溶けた鉄と、君の匂い。

 

引き出しの奥に忘れ去られ、埃被ったラジオ。

 

新しい音楽が見つかるかな。

 

世界中の声が聞こえるかな。

 

君の声が聞こえるかな。

 

あの時作った、工作のラジオ。

 

 

君とふたりで作ったラジオ。

 

 

あべこべ

「今は幸せか?」と聞かれたら

僕は首を縦には振らない。

 

普遍的な幸せと表現するのは烏滸がましいが、

凡その人達が考えるところの幸せというものは、生憎持ち合わせていない。

 

その多くの人達は、幸せについてとやかく思案しないからこそ、幸せという錯覚を得ているのだと思う。

 

それは素晴らしいことだ。

 

僕は、定義された幸せを享受したいと思うことは無い。

 

何故、人は幸福の多寡に飽き足らず、

「人が幸せになりたいと思っていること」すらも当然としているのか?

 

僕は別に幸せになりたいとは思わない。

 

僕の幸せは未知のものであって、それは僕だけが獲得すべきである。

 

僕は独りよがりだ。

 

しかし僕は思うのだ、誰の足跡を辿ることも無い、自分だけの幸せの正体は、

孤独なんじゃないかと。

 

孤独を愛せる人がもしいるのであれば、きっとそれは世界一の幸せ者なのだろう。

 

だから僕は、いつまでも幸せになれない。

 

ひとりおぼろげ

 

酩酊の中、いつの間にか繁華街を抜けていた。

 

揺れる枯れ枝が、ぱきりと落ちる。

 

ぼんやりと路地を薄く照らす提灯を提げた店がひとつ、ふらふらと吸い込まれていった。

 

客はいない、頬杖をつきブラウン管を眺めていた老婆が、せかせかと厨房へ戻り「いらっしゃい」と声をかける。

 

カウンターの隅に腰を下ろし、ジャケットを壁のハンガーへ掛けた。

 

ウーロンハイと酢の物が運ばれる。

 

老婆の真似をして、箸をつつきながらブラウン管を眺めていると、おいおいと意識を取り戻した。

 

「またこのニュースだ、全く世知辛い世の中だねェ。」

 

婆の独り言に、こくりと相槌をひとつおくる。

 

茶割りのほろ苦さが舌に残る。

 

からん、と氷がぶつかった。

 

 

日記~八月二十日

 

本日未明、

私が私を殺したあの日から、丁度一年でございます。

 

その成れの果ては今も東の海岸に横たえられていると聞く。

 

ツナ缶を、卑しい猫共にくれてやる。

 

戸締りを確認し、家を出ました。

 

隣家の婆めが一度見に行ってみなさいとあまりにも執拗いので、

私は私がどうなっているのかを知っておこうという算段でございます。

 

桟橋を越え、あの海岸に着くと、

どうでしょう、野次馬が海嘯のように蠢いているではありませんか。

 

磯の香りが鼻につく。

 

すみません、すみません、と藻屑を掻き分けて、

漸く視界が開けると、

 

殺したはずの私が、一体全体何を考えているのか。

 

裸踊りをしているじゃあないか。

 

ぎゃあ、ぎゃあ、と海猫は巣を荒らされた腹いせからか、私を啄んでいる。

 

踊る私は身体中血まみれで、はらわたを零しながら

それでも踊っていました。

 

私の不始末が、どうしてこんなにも珍奇なコトに……。

 

小っ恥ずかしいったらありゃしません。

 

何故かというと、海嘯の藻屑たちが皆一同

そんな私を見て、腹がちぎれてしまうほど、

 

げらげらげらげら。

 

大笑いしていたんですもの。

 

千潮

 

日照りの海で、私はあなたに溺れた。

 

渦の中で藻掻く私を、魚達は嗤っていた。

 

あなたは私の手を引き、あなたの中から掬ってくれた。

 

私の中のあなたが質量を持って、それが錘になった。

 

そんな私を掬った貴方の名前を、今はもう思い出せない。