アルトサックスとオーデコロン
いつものサ店の、いつもの席に腰掛ける。
吹き抜けの先に、湿潤な空気を掻き回すシーリング・ファンがジョン・コルトレーンのリズムに酔っている。
灰皿の形に窪んだアルミとキリマンジャロが目の前に並べられた。
青黒く、落窪んだ目を擦り、キリマンジャロをなめる。
踵を返したウェイターから、柑橘のコロンの残り香がふわりと鼻を抜けた。
掠れた背表紙を指でなぞり、一冊分の空洞にそれを戻すのは、心の穴を埋めるみたいだった。
壁に掛けられた抽象画をぼんやりと眺める。
楽をしたかったわけじゃない、逃げたかったわけでもない。
傷付けたのも、傷付けられたのも私だった。
ビニールを擦る針の音が、ずしりと感情に乗っかる。
私は無かったことに出来ないのに、
それでも、始まりのサックス・ソロは幕引のピアノに続いた。とても冷たくて無愛想だ。
カランカランと音を弾ませながら、扉が開く。
マスターは遠慮がちに会釈をし、空いているカウンターに通す。
軒先に咲く、
梔子の香りが辺りを包んだ。