うつらない恋
僕には夢がある。
それは写真家になることだ。
故郷にある、なんて事のない商店街。
小枝で羽を休める小鳥達。
電柱に咲く、力強くて小さい蒲公英。
そんな何気ない風景を目にし、写真に遺すことが趣味となり、
やがて僕はプロになる事を志す様になった。
いつしか僕は故郷を飛び出し、上京して
そして君に出会った。
君は優しくて、綺麗で、よく泣いて、よく笑う子だった。
君と過ごす毎日はどれも美しくて、
どんな場面を切り取ったとしても、そこには僕が写したい風景があったんだ。
僕は君に内緒で、秘密の計画を思い付いた。
「君を写して、沢山の人に君を見てもらいたい。」
そう思い立った僕は君を呼び出して、
前から二人で行きたいね、と言っていたとある観光名所に赴いた。
春先のこの頃、そこは未だ溶けかかった雪が残っていて、小川の流れる深緑の草原とのコントラストがやけに美しかった。
君は目を丸くして、まるで子供のように大はしゃぎしていた。
僕はしてやったと思い、何とか君を写そうと躍起になった。
雪解けの小川に流れる魚を眺めていた君の後ろから、僕は中古の一眼レフを持って近付いた。
驚かせてやろうとしたんだ。
小高い丘の上から、突然風が吹く。
飛ばされそうになった帽子を抑えようと、君は慌てて振り返る。
今だ。
振り返る君を見た僕は、シャッターボタンを押せなかった。
君は、はにかんだ表情に少し頬を赤らめて目を合わせた。
風に揺れる髪が、少し可愛くて僕は笑った。
あまりにも綺麗だった。
カメラを向けるなんて、勿体ないと思ってしまった。
まるでなごり雪がきらきらと光っているかの様に
君は輝いていたんだ。
僕はあらゆるものを写してきた。
そんな僕にも、写せないものがあると知ってしまった。
僕は手に持ったカメラを捨てて、君に駆け寄った。
無邪気で、可愛くて、綺麗な君の笑顔だけは、
レンズを通さずに眺めていたいから。