不運な男
この世界は少し変わっている。
何でも彼らには、他人の頭上に数字が視えるというだ。
その数字は彼らの『寿命』を表しているらしい。
数字は日を跨ぐ毎に一ずつ減ってゆく。
要するに、頭上の数字が死ぬ迄の日数を示しているということだ。
別に、だからどうということもないのだが、
彼らはそれ故に、命を軽んじるのだ。
人は普通、「今日自分が死ぬかもしれない」などとは考えない。
彼らも同じなのだ。
そこが少し、変わっている。
何でも彼らは自らの写真を見ても、鏡を見ても、
自分の寿命は分からないらしいのだ。
しかし、彼らは臆することがない。
彼らにとって死は「不変のタイムリミット」であり、
いかなる無謀も無茶も、タイムリミットの内であればへっちゃらなのだと言う。
何とも不可思議だ。
故に彼らには理解しえない。
不変のタイムリミットが末恐ろしく、自身が狂っているということに。
そんなこの世界で、ある日、ある風変わりな男が
ビルの上に立っていた。
「どうもこんにちは。なんと今回の動画で、記念すべき百本目です。」
彼はスマートフォンと対面し、百万人の視聴者に語りかける。
「皆さんが楽しみにしているこの企画、今日もやって行きましょう。それでは、いきますよ。」
彼は丁寧に脱いだ靴を揃え、屋上の柵を乗り越える。
「それでは皆さん、また明日お会い─────。」
束の間に、ビルの下で悲鳴があがる。
野次馬が集まり、数秒前までは人だった肉の塊を取り囲んでシャッター音が鳴り続ける。
『なんだ、これ。』
『ユーチューバーのMだよ。今日で百日目だったらしいぜ。』
『ああ、あの「不死身系」とかいうやつか。今日が命日だったってことかよ。』
『ああ。全く不運な男だよな。』